ダークファンタジー「叛逆の導 - THE SIGIL REBELLION - 」小説サイト

希望という名の火

赤黒く焦げただれた荒野。
その中心に、黒き牙を突き立てたようにそびえる石造りの砦があった。
かつて魔王直属の親衛軍が駐留していた、旧王派の拠点《バル=ゾラン》。
焼け焦げた外壁には無数の傷跡が刻まれ、積み上げられた石のひとつひとつが、幾度の戦火と栄光を静かに物語っていた。

「……ヴォルグ様が “ あの者 ” に斧を納めただと?」

戦議の間に響く声には、驚愕と困惑、そして拭いきれぬ畏れが滲んでいた。

「間違いありません。交戦の末、ヴォルグ様自ら撤退を命じられたとの報告です。」

淡々と答えるのは副官。
灰色の毛並みを持つ獣人で、その鋭い眼差しは常に情勢の先を見通す参謀のものだった。
一瞬の沈黙の後、戦議の間がざわめく。

「まさか……“ あの若造 ” を後継と認めるおつもりか!?」

「我らが仕えてきたのは、唯一にして絶対の魔王陛下! 理なき力に頭を垂れるわけにはいかぬ!」

声を荒げる幹部たち。
彼らはいずれも、かつて “ 魔王の焔 ” に忠を誓った歴戦の猛者たちだった。
だが――
その喧騒を切り裂くように、鉄の扉が重く軋み、ゆっくりと開いた。

「……吠えるな。」

低く、地を這うような声が場を圧した。
瞬間、空気が凍りつく。

姿を現したのは、炎の魔将《ヴォルグ》。
その肩に《インフェルナス》を背負い、焦げ跡と返り血をまとった姿は、まさに戦場から帰還したばかりのそれだった。
だが最も目を引くのは、その身になお漂う――醒めぬ “ 戦気 ” 。

「お前たちの “ 忠義 ” は理解している。だがな――それが過去に縋るだけのものなら、炎を掲げる資格はねぇ。」

重く、鋼のような言葉に、誰も反論できない。
ヴォルグの赤き瞳が、戦議の間をゆっくりと巡る。

「火の中に立ち、自らを焼いてでも進もうとする者がいる。俺は、そいつを “ 反逆者 ” とは呼ばねぇ。少なくとも、口先だけで “ 理想 ” を語るような輩よりは、な。」

その声音には、どこか己自身を嘲る色すら混じっていた。
副官が一歩前に進み、真摯な眼差しを向ける。

「ヴォルグ様……その者は、本当に我らの “ 希望 ” になり得るのですか?」

問われたヴォルグは、しばし黙して目を伏せる。
そして、静かに《インフェルナス》の柄に手を添え、ひとつ、深く息を吐いた。

「……燃え残る火種ってのは、そう簡単に消えはしねぇ。
 だが、それが風を得て――再び、炎となるなら。」

口元に、微かに笑みが浮かぶ。

「……見届けてみるのも、悪くはねぇさ。」

その瞬間、戦議の間に重く静かな沈黙が落ちた。
だがそれは拒絶ではなく、確かに “ 揺らぎ ” の沈黙だった。
やがて、副官がひざを折り、深く頭を垂れる。

「――では我らは、その時を待ちましょう。 主の斧が、真に新たなる王を選ぶその日を。」

誰一人として、反論する者はいなかった。
《バル=ゾラン》は依然として旧王派の牙城であり、魔王への忠誠はいまだ揺るがない。
だがその魂の奥底には――名もなき若き剣士の意志が、確かに “ 風 ” を呼び込んでいた。

そして今、王なき魔界に、かすかな新しい炎の気配が灯り始めていた。

【 BACK 】