戦斧と歪刃が、最後の一撃を交えた瞬間――
天地が唸りを上げ、大地は灼熱の咆哮を吐いた。
ひび割れた岩肌が赤熱し、今にも溶け落ちんばかりに脈打つ。
剣と斧。意志と意志。
二つの信念がぶつかり合い、火花を散らすその一瞬に、時すら凍りついた。
そのときだった。
陽炎のような揺らめきとともに、リヴァの額に一条の光が走る。
滾る熱に呼応するかのように、黒い紋章が浮かび上がった。
それは、王にのみ許された “ 王位継承印 ” 。
赤く脈動しながら、空気すら震わせるような存在感で、烈火の中にその輪郭を刻んでいく。
ヴォルグの目が見開かれる。
「……その印……まさか……」
思わず漏れたその声には、驚愕というよりも “ 確信に至る静かな衝撃 ” が宿っていた。
だがリヴァは、剣を構えたまま何も言わなかった。
その紋章の意味も、重みも、すでにすべて受け入れている者の顔だった。
リヴァの歪刃《イーデル》が、ヴォルグの戦斧《インフェルナス》の軌道を僅かに逸らす。
その歪刃は刃先を跳ね上げ、ヴォルグの脇腹をかすめた。
鋭い閃光とともに血が舞い、戦斧は虚空を裂いたのち、柄が地へと深く突き刺さる。
熱が引き、風が止む。
灰燼の舞う空の下――立っていたのは、二人ともだった。
「……なるほどな。その剣、ただの理想じゃねぇようだな。」
ヴォルグは苦笑を漏らす。
口元ににじむ血。片膝をつく寸前の姿勢。
だが、その目は、戦火を超えた者だけが持つ光で静かに燃えていた。
「《虚王》の呪いも、《神骸》の意志も……斬り裂いたか。 半端な覚悟じゃ、そんなもん振れやしねぇ。」
リヴァは無言のまま、イーデルを鞘に収めた。
震える腕はヴォルグの炎による火傷で爛れている。
浅い呼吸。それでも瞳は揺れていない。
「おい、こいつの腕を手当てしてやれ」
ヴォルグは配下に命ずる。
その声には、もはや敵を前にした鋭さではなく、戦いを経た者だけが抱く静かな敬意が宿っていた。
配下の兵が駆け寄り、リヴァの腕に布を巻こうとしたとき、一瞬だけ、彼はそれを制するように手を振った。
だが次の瞬間、足元がふらつき、炎に焼かれた皮膚が悲鳴を上げる。
それを見たヴォルグは、眉一つ動かさずこう言い放つ。
「意地はいい。だが動かぬ腕じゃ、意志すら貫けねぇ。」
その言葉に、リヴァは黙って頷いた。
そして、処置を行われながら、彼は静かに口を開く。
「俺は……王になろうとは思ってない。 誰かの上に立つために、剣を取ったんじゃない。」
枯れた唇が、絞り出すように言葉を紡ぐ。
「けど――この輪の中から誰かを引き上げることなら…… きっと、俺にもできるはずだ。」
ヴォルグはしばし沈黙したのち、戦斧を背へと回し、くるりと背を向けた。
灼熱の余韻残る大地に、その足音が淡く刻まれてゆく。
「……それは、お前にしかできねぇかもな。」
その背に向かって、リヴァが問いかける。
「……どうして俺を試した?俺を斬ることもできた筈なのに、それをしなかった…」
一歩が止まる。
ヴォルグの背中から、ぽつりと言葉がこぼれる。
「“争いを終わらせる”なんてのはな、口で言うのは簡単だった。 だが……言って、終わる奴ばかりだった。」
空を見上げるように、低く、重い声が続く。
「けどお前は、剣を抜いた。俺の斧を前にしても、逃げなかった。 誰かの背中じゃなく、自分の足で立っていた。」
そして、彼は再び歩き出しながら呟いた。
「この魔界は、力だけで築かれてるわけじゃねぇ。 “ 引かぬ者の意志 ” ――それが、ときに最も熱く燃える火になる。」
赤く焦げた大地に、二つの足跡が残る。
ひとつは、かつて国を喪い、贖いの業火を背負った男の証。
もうひとつは――王ではない者が自ら選び取った、確かな道の始まりだった。
