ダークファンタジー「叛逆の導 - THE SIGIL REBELLION - 」小説サイト

煉獄の忠義

ヴォルグの陣は、赤黒く焦げた大地に静かに広がっていた。
焼け落ちた城砦の残骸を背に、空気は鉄と灰の匂いに満ちている。
風が吹けば、砕けた瓦礫の上に積もった灰が舞い上がり、視界を白く濁らせた。
この空気には、かつてこの地に確かに存在した秩序の名残と、終わりなき戦の気配が漂っていた。

《灰燼軍》
かつて魔界を治めていた王、エレディアの理念を受け継ぐ者たちによって構成された軍勢。
誇り高く、選ばれし者のみがその軍門に加わることを許された。
だが同時にそれは、滅びた王の影に囚われた、いわば “ 旧き血の呪縛 ” に縛られた者たちでもあった。

「……我が剣、ヴォルグよ。」

遥か昔、王都がまだ空高く聳えていたころ――
ヴォルグは、王直属の近衛隊を率いる将であり、密かに王の側近たちを導く影の軍師でもあった。
実直にして冷徹。
王エレディアは、その資質を重んじ、深く信を置いたという。
だがヴォルグ自身は、あくまで “ 剣 ” として生きることを選び、玉座を望んだことはなかった。

魔界が神骸によって蹂躙され、王がその命を終えようとしていた最期の時。
燃え上がる王城の奥深く、ただ一人玉座の間に踏みとどまったのが、他でもないヴォルグだった。
そして彼がその手に選び取ったのが、王の血によって封印されていた伝説の戦斧――

《 煉獄斬( インフェルナス )》。

黒鋼の刃からは絶えず熱が立ち昇り、振るう者の精神すら焼き尽くすと恐れられた古の武器。
それはまさに、燃え盛る忠誠の象徴であった。

「王は死んだ。だがその意志は、我らが継がねばならぬ。」

今なおヴォルグは、その業火を胸に宿し続けている。
それは覇権のためでも、支配の欲望でもない。
――かつて王が描いた理想と秩序を、再びこの地に取り戻すため。

だがその理念の前に、ひとりの若者が現れた。
灰の荒野を、まるで導かれるように歩いてきた男。
軍も従えず、武装も乏しく、ただ一人。
その姿は無防備であると同時に、どこか異質な気配を纏っていた。

リヴァ――。

「お前も、もう気づいてるはずだ。
この戦は、誰一人 “ 次の王 ” を生みはしないということに。」

その言葉に、ヴォルグの目が細められる。
怒りではない。
それは、試すような、あるいは静かな哀しみを湛えた眼差しだった。

「ならば、その意志……この戦斧 ”インフェルナス ” で計らせてもらおう。」

地を打ち据えるように、煉獄斬が振り下ろされる。
土が裂け、熱風が吹き上がる。
打ち鳴らされたその一撃に、大地が低く唸りを上げた。
周囲の兵たちが一斉にざわめき、戦の空気が張り詰めていく。
だが、リヴァの足は微動だにしない。
彼の瞳には、恐れも憤りもなかった。
ただ、確かに “ この先を見据える者 ” のまなざしがあった。

――これは、ただの戦ではない。
未来という名の問いかけだ。
正しさとは何か。力とは何のためにあるのか。
過去の意志を背負う者と、未来を拓こうとする者の――避けられぬ衝突。

「貴様の正義が、どれほどの重みを持つか……見せてもらおうか。」

ヴォルグが言い放つと、空が再び赤く染まり始める。
だがそれは、争いの火ではなかった。
それは、まだ名もなき、新たな夜明けの兆し。
やがて訪れる変革の息吹が、わずかに世界を揺らしたのだった。

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