古の魔殿、〈虚塔〉。
幾千年の時を超えて朽ち果てたその塔は、なおも威厳を失わぬまま、空を裂くようにそびえていた。
その壮麗な廃墟の中には、まるで時の流れが封じられたかのような、凍てついた静寂が満ちている。
崩れかけた柱、ひび割れた石床、そのすべてが魔力の残滓をまとい、淡く脈動する光を放っていた。
それは、忘れられた神殿が、再び神意に目覚めたかのような風景だった。
螺旋の間――塔の心臓部。
そこに集った五つの影。
リヴァ、そして魔界四傑――カーヴァ、ヴォルグ、ネイラ、ジュダス。
静謐なる空気の中、どこか時の狭間に立たされたような感覚が、彼らの足元を縛っていた。
中央に浮かぶのは “ 流れ ” の核。
それは、リヴァの胸に宿る欠片と共鳴し、淡く揺らめくように鼓動していた。
その光は、ただの煌めきではない。
過去と未来、選ばれなかった無数の可能性の残響が折り重なり、形を成した “ 理のかたち ” そのものだった。
重く、儚く、そして抗えぬほどに美しい。
「これが…… “ 鍵 ” を選ぶための儀式なのか?」
リヴァの問いは、空間そのものに吸い込まれていくように、小さく、けれど確かに響いた。
その声には、畏れと、覚悟と、わずかな疑念が混ざっていた。
ジュダスが肩をすくめ、淡々とした口調で答える。
「いや。これは “ 確認 ” だ。お前がどの “ 流れ ” を辿る者か……我ら四傑が見極める場にすぎん」
「見極める……?」
リヴァは眉をひそめた。その瞳には、迷いと怒りが交錯する。
「選ぶのは……俺だろ」
その反論に、ヴォルグが応じた。
背を壁に預けたまま、低く響く声で語りかける。
「そうだ。だがな、リヴァ。お前の選びは、やがて魔界そのものの “ 選択 ” となる。ならば、我らが関わらぬわけにはいかん」
その声には、時の重みが宿っていた。
ヴォルグがこれまで見てきた世界――崩れ、再生し、また壊れていく運命。そのすべてが、彼の言葉に滲んでいた。
「俺は口を出す気はないよ」
穏やかな声でカーヴァが言った。
彼の表情には、争いの火はなく、ただ静かに炎を見つめる者の眼差しがあった。
「ただ、知っておきたいんだ。お前の中にある “ 答え ” が、何を求めているのか。それが、俺たちの明日をつなぐ糸になるのかどうか」
その言葉には、優しさと同時に、どこか祈りにも似た感情が宿っていた。
沈黙の中、ネイラが一歩、前へ進み出る。
その動きは軽やかで、けれど確かな意志に支えられていた。
その瞳は、遥かな記憶を映すように遠くを見つめながらも、まっすぐにリヴァを捉えていた。
「リヴァ。私は……どんな答えでも受け止めるつもり。でも、願っている。あなたが “ 孤独の先 ” に、本当の居場所を見つけてくれることを」
その声は小さく、けれど深く胸に届いた。
彼女の目に宿る光は、哀しみと優しさの狭間で、確かな希望を灯していた。
四人四様の意志が、静かに渦を巻く。
それは言葉以上の交感――彼らが長い時をかけて守ってきたものと、託そうとしているものの交差だった。
リヴァは、ひとりひとりの目を見つめた。
その瞳の奥に、それぞれの覚悟があった。
迷いも、怒りも、安堵も、祈りも――全てが、彼に託されていた。
「……俺は、あの “ 可能性の墓場 ” で、もうひとりの俺に会った。滅びた世界。消えた命。その責任を、自分の選びで引き受けるということの、重さを……知った」
リヴァの声は、かすかに震えていた。だが、それは恐れではなかった。
その震えは、真に何かを背負おうとする者が、初めて自らの足で立つ時のものだった。
リヴァは右手を胸に当てる。
そこにある王位継承印が、心臓の鼓動に呼応し、ゆっくりと脈動する。
それは、彼の中に生きるもう一つの“理”の胎動だった。
「だから、今度は逃げない……俺は、俺の目で未来を選ぶ」
その決意が、瞳に宿った瞬間、空間が微かに震えた。
ジュダスが小さく笑みを浮かべる。
「ならば、儀式は終わりだ。 “ 鍵 ” はお前の意志に反応する。……次に開かれるのは、お前自身の “ 運命 ” の扉だ」
ヴォルグが腕を組み、ゆっくりと壁を離れた。
「選んだな。だったら、迷うな。お前の歩みを、俺は最後まで見届ける」
その声は、まるで戦友に送る静かな祝福のようだった。
カーヴァは目を伏せ、小さく頷いた。
「もう、俺たちは導く者じゃない。……お前の中にある光を信じるよ」
その穏やかな口調には、過去を見届けた者の静かな覚悟があった。
ネイラは何も言わず、ただ微笑んだ。
その微笑みは、言葉よりも雄弁に、リヴァへの信頼と、切なさを語っていた。
リヴァは、静かに一礼をする。
「……ありがとう」
そして歩き出す。
彼の足元に、いつの間にか “ 光の道 ” が現れていた。
それは、虚塔の中心から外へと伸び、深い闇を裂くように彼を導く。
その先にあるのは――鍵の在り処。
虚塔の天蓋が、音もなく開く。
夜空に浮かぶ双月が、その光で彼の背を照らした。
その銀光は、まるで彼の進むべき道を示すように、力強く輝いていた。
風が、未来の匂いを運んでいた。
その風は、まだ見ぬ明日への希望と、果たすべき使命をリヴァに感じさせながら、静かに彼を送り出すのだった。
