「統合の時が迫る中で、世界は “ ひとつ ” を選ぼうとしている。
だが……その選択が何を意味するのか。お前は、まだ知らない」
漆黒の旅人―― “ もう一人のリヴァ ” は、淡々と、しかしどこか哀しげにそう言い放った。
その手が広げられると、空間が軋み、まるで現実そのものがねじれたようにひずむ。
次の瞬間、彼の背後に “ それ ” は現れた。
黒く歪んだ、門。
闇が液体のように滴り、流れ、扉の縁を蠢かせている。
それは門であると同時に、亀裂だった。
世界という膜に刻まれた、深く、古く、覆い隠された記憶への通路。
まるで “ 流れ ” そのものが反転し、過去と未来が一つに押し潰されたかのような、見ているだけで意識が引き込まれる空間。
「……これは?」
ジュダスが無意識に一歩退いた。
理屈ではなく、本能が警鐘を鳴らしていた。
「この門の向こうにあるのは、かつて私が歩んだ “ もうひとつの歴史 ” 。 この世界と並びながらも、決して交わることのなかった――闇の記録だ」
ネイラの目が揺れる。
そこに宿ったのは、戸惑いと、言いようのない不安。
「闇の……記録……?」
「真実は一つではない。 むしろ、数多の断片がこの世界を形づくっている。 お前たちが知る “ 今 ” など、広大な連なりのほんの一部に過ぎぬ。 真なる歪みの正体を知りたいのなら――来るがいい。己の “ 始まり ” を、目にするがいい」
リヴァは沈黙のまま、その黒の扉を見つめていた。
胸の奥で渦巻くのは、抗いがたい引力。
それは恐怖というより “ 呼ばれている ” 感覚だった。
記憶にないはずの何かが、確かに自分の内に息づいている。
そんな確信。
風がざわめいた。
いや、風ではない。
世界の “ 流れ ” そのものが、リヴァを押し出そうとしているようだった。
「リヴァ……」
ネイラがか細く、それでいて切実な声で呼びかけた。
その声は、彼の袖を掴む指先の震えよりも、ずっと強かった。
「踏み込めば……戻れないかもしれない」
それでも、リヴァは一歩を踏み出した。
その歩みに迷いはなかった。
「俺は……知りたいんだ。 この名が、なぜ “ 流れ ” を意味するのかを」
誰にも語ったことのない疑問。
けれど、それはずっと心の奥底で渦を巻いていた。
なぜ自分は “ リヴァ ” という名を持ち、なぜ、世界の歪みに心が揺れるのか。
――リヴァ。
古語で “ 流れ ” を意味する名。
風の流れ、水の流れ、記憶と時の流れ。
すべてを繋ぎ、すべてを越えていく “ もの ” 。
その意味が、今ようやく形になろうとしていた。
その言葉に応えるように、ヴォルグが前に出る。
その斧を腰に収め、静かに言った。
「だったら、行くしかねぇよな。 お前が “ 知る ” ことで、この世界が救われるのかもしれねぇんだ」
カーヴァは肩にかけた弓を軽く叩き、にやりと笑う。
「世界がどうなろうが、正直オレには関係ない。 けどさ――仲間が迷ってるのを黙って見てるなんて、性に合わねぇんだよ」
ジュダスもまた、無言で頷いた。
その瞳には、深い覚悟と共に、仲間への揺るぎない信頼が宿っている。
リヴァは仲間たちを一人ひとり見渡し、静かに口を開いた。
「……ありがとう。だけど、これは “ 俺自身 ” の問題なんだ。 もし、戻れなかったら――」
「戻るわ…きっと」
ネイラがその言葉を遮った。
決意を込めた瞳で、まっすぐに彼を見つめる。
「必ず戻ってくる。私は……信じてる」
その一言が、リヴァの背を静かに、しかし力強く押した。
そして彼は、黒の扉の中へと足を踏み入れる。
流れが揺らぎ、時が歪む。
空間の奥で、何かが目を覚まそうとしていた。
そこに待つのは、記憶すら持たぬ――
もうひとつの “ 始まり ” 。
