ダークファンタジー「叛逆の導 - THE SIGIL REBELLION - 」小説サイト

影なる我と対す時

目の前に立つ男――
その顔は、リヴァと瓜二つだった。
以前よりも若返って見える。

だが、その瞳に宿るものは決定的に違っていた。
それは凍てつくような、深淵にも似た静かな闇。
生の輝きを拒み、あらゆる存在の熱を吸い込むような、根源的な虚無。

「またお前か……お前はいったい誰なんだ」

ジュダスが低く、杖に手をかけたまま問いかける。
だがその声には、警戒よりも先に “ 理解できないものへの恐怖 ” が滲んでいた。
男は静かに答える。

「私の名はリヴァ。 ――いや、かつて “ そう呼ばれていた ” 存在だ」

その声音は冷たく、言葉に色がなかった。
まるで魂を持たぬ人形が、記憶だけで言葉を発しているかのようだった。
見た目は双子のように似通っていても、発せられる気配はまるで別物。
眼差しに宿るものは、歩んできた年月があまりに異なるという事実を雄弁に物語っていた。

「なら、俺は……何者なんだ」

リヴァが絞り出すように問い返す。
それは相手にではなく、自分自身に向けた問いだった。
旅人はゆっくりと空へと手を掲げた。
裂けた空の向こう――混濁した時空のひだを指し示すように。

「この世界は、かつて “ ひとつ ” だった。
 だが、均衡は崩された。
 流れは裂け、影と光が引き裂かれた。
 お前も、私も……その“歪み”によって生まれた、同じ根から分かたれた存在にすぎない」

「……分かたれた?」

「そうだ。ある意志が、運命を切り裂いた。
 光の流れを選び取ったお前。
 闇に呑まれ、沈んでいった私。
 だが、どちらかが間違いだったわけではない。
 この世界が存続するために必要だった “ 二つの道 ” ――それが我らだ」

リヴァは目を見開いた。
だが、心の奥深くで、その言葉が静かに馴染んでいく感覚があった。

――なぜ自分が “ 流れ ” を意味する名を持つのか。
――なぜ、時折記憶にない風景が夢に現れるのか。
――なぜ、歪みの気配がどこか懐かしいのか。

すべてが、いま――繋がっていく。

「だったら、なぜ今になって姿を現した」

ヴォルグが斧に手をかけ、敵意と警戒を滲ませて言った。 旅人は静かに告げる。

「 “ 統合 ” の兆しが近い。  分かたれた流れは、再びひとつに還ろうとしている。  それはこの世界にとっての、終わりであり始まりでもある。  救いでもあり、破滅でもある。  選べ、リヴァ」

「選ぶ……?」

「この世界を守るために、自らの存在を飲み込むのか。  それとも、お前のままで在り続けるために、世界を拒むのか。  お前がどちらを選ぼうと、世界は応える。だが――代償は、伴う」

重く沈んだその問いに、空気が鋼のように張り詰める。
仲間たちは息を呑み、誰もがリヴァに目を向けた。
ネイラがそっと、リヴァの腕を掴む。
その手はわずかに震えていた。

「リヴァは……リヴァよ。  私たちにとって、それだけで充分」

その声は、祈るように、けれども確かだった。
だが、旅人――もう一人の “ リヴァ ” の眼差しはなおも冷えきったまま。

「 “ 充分 ” では、この世界は持たない。  いずれこの地も空も、綻びに呑まれる。  選ばねばならない。  今や、お前だけが “ 鍵 ” なのだから」

その言葉と同時に、裂けた空が再び、低く軋む音を立てた。
遠く、世界の骨が軋むような震動が、大地を這い始める――。

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