黒き門の残滓が漂う大地に、冷たい風が吹き抜ける。
そこは地図にも記されぬ、世界に見捨てられた地――死してなお、名を持たぬかつて聖域と呼ばれた場所。
裂けた大地。ひび割れた空。歪んだ重力と、軋むような音を響かせる空気。
万物が均衡を失い、世界そのものが沈みゆく予兆を孕んでいた。
五つの影――リヴァ、ヴォルグ、カーヴァ、ネイラ、ジュダス――が、その中心に静かに立ち尽くしていた。
誰も口を開かず、ただ沈黙だけが風と共にあった。
音のない焦土に、彼らの影が長く伸びる。
やがて、ジュダスが地の奥を見据えたまま、ぽつりと呟いた。
「……これは “ 外 ” からの侵食ではない。大地そのものが、内側から壊れている……」
彼の目が細まり、声が静かに深く沈む。
「ここが…… “ 歪み ” の源だと?」
誰もすぐには答えなかった。
だが、答えを知っている者がいた。
リヴァが一歩前へ進み、裂けた地面に静かに膝をついた。
手のひらを土に触れさせた瞬間、ぬるりとまとわりつく気配が、骨の奥にまで染み込んでくる。
それは、感覚の底をじわじわと侵すような不快さ――
だが同時に、懐かしさにも似た奇妙な温度があった。
「これは……俺の記憶にある」
低く漏れたその言葉に、他の者たちが一斉にリヴァを振り返る。
「リヴァ……?」
ネイラが戸惑いを隠せぬまま、そっと一歩前に出る。
「この場所を……俺は知ってる。 夢の中で、何度も見た。割れた空も、うねる大地も……全部だ。 だけど、あれはただの夢じゃなかった。――記憶だったんだ」
その言葉が、重く空気を震わせる。
「じゃあ “ 歪み ” の根ってのは……お前自身、ってことか」
ヴォルグが肩をすくめながらも、鋭い視線を投げる。
冗談のようでいて、その声音には確かな緊張が滲んでいた。
「……かもしれない」
リヴァの声には、迷いがなかった。
――世界に刻まれたこの “ 傷 ” は、外からもたらされたものではない。
それは内側から生まれたもの。
そしてその“内”とは――リヴァ自身なのか。
誰もが言葉を失い、沈黙が支配する。
だがそのときだった。
風が渦を巻いた。
重力が一瞬、ねじれる。
そこに、黒い影が立っていた。
漆黒の外套。
異様なまでに静かな足取り。
渦の中心に、それはまるで “ 現れるべくして現れた ” かのように、そこにいた。
「……お前か」
リヴァの声に、空気が張り詰める。
その人物はゆっくりとフードを取った。
かつて “ 旅人 ” と呼ばれたその男――
だが、かつての面影はすでにない。
その瞳に宿るのは、希望ではなく――決断だった。
静寂の中、誰もが言葉を失った。
語られぬ因果が、確かにそこにあった。
世界の裏側で結ばれた、もうひとつの契約が。
そして風だけが――何かを告げるように吹いていた。
