ダークファンタジー「叛逆の導 - THE SIGIL REBELLION - 」小説サイト

揺れる均衡

戦いの終わった後、世界は――驚くほど静かだった。
虚像の番人が砕け散り、しばらくして、黒き門に満ちていた異空の力が音もなく瓦解し、空間そのものが崩れ始めた。
五人は即座に察し、朽ちていく次元の狭間を駆け抜ける。
崩れゆく断層の中、かろうじて残された裂け目の先――そこに、現実の地平が微かに見えていた。
そして彼らは帰還する。
かつて “ 聖域 ” と呼ばれた地へ。
だがそこには、もはや神聖さの欠片もなかった。
乾いた岩肌が無言で広がり、崩れかけた塔の残骸が影を落とす。
風が砂を巻き上げ、大地を彷徨っていた。
カーヴァはどさりと腰を下ろし、深く息を吐いた。
額の汗を拭いながら、赤く染まり始めた空を見上げる。

「……終わった、ってことでいいのか?」

その問いに、ジュダスがゆっくりと首を振る。声は低く、重かった。

「いや……まだ、何も終わってはいない。あれはただの “ 幻影 ” 。誰かに仕組まれた “ 前座 ”に過ぎん」

その言葉に、ネイラの瞳がわずかに揺れる。

「でも……でも、私たち、勝ったんだよね? たしかにあの影を斃した……」

その声には、安堵と同じだけの不安が混ざっていた。

「見えたのは、ほんの “ 輪郭 ” だけだ」

ヴォルグが低く唸るように言う。その眼は、どこか遠い闇を見据えていた。

「この世界を外から歪める “ 本当の敵 ” の影……旅人が語らなかった “ 根 ” の存在。奴らは、まだ目を開けてもいない」

リヴァは無言のまま、剣を静かに地へ突き立てた。
風が彼のマントを大きく揺らす。
風の色すら、どこか変わってしまったように感じられた。

「……ようやく、わかった気がする」

彼の声は低く、だが確かに響く。

「これまで俺たちは導かれるまま歩いてきた。でも、もう違う。ここからは――自分たちの “ 意志 ” で進む」

その瞬間だった。

大地の深奥から、耳に届くか届かぬかの “ 呻き ”が聞こえた。
それは呼吸のように、しかしどこか生々しく、世界そのものが軋む音だった。
ジュダスが鋭く目を細める。

「……これは、魔力の揺らぎか?」

「いや――もっと根源的なものだ」

リヴァの声がかすかに震えた。

「この世界に、古より封じられていた “ 何か ” が……目を覚まそうとしている。そんな気がする」

その言葉に、全員が沈黙した。
風が止まり、空気すら凍るような一瞬の後――彼らは、ゆっくりと空を見上げた。
茜に染まる雲。
そのさらに上層、目には見えぬ“裂け目”の向こう側で、何かが脈動していた。
まるで別の理――この世界の理を否定する“外”の何かが、そこに存在しているかのように。
敵か味方か、それすらもわからない。
だがひとつ、確かなことがあった。
――物語は、まだ終わってなどいない。
そして、彼らはやがて知ることになる。
なぜ “ リヴァ ”という名が、世界に現れたのか。
なぜ “ ムート ”として、王位継承印という宿命を背負わされた者が、いまという時代に目覚めたのか。
それは、ただの偶然ではなかった。
それは、静かに、しかし確実に崩れ始めた世界の “ 均衡 ” と、深く、そして密接に結びついていた。

風が再び吹く。
かつて神々の祈りが届いたという聖域を越え、遙かなる未来へ――彼らの歩みは、止まることを知らなかった。

【 BACK 】