灼けつくような熱と共に、異界の気配が押し寄せる。
リヴァは迷いなく、その裂け目へと足を踏み入れた。
空間がねじれ、世界の輪郭が溶けていく。
重力すら裏返ったような感覚の中、音も光も遠ざかり、彼の意識だけが深淵へと引き込まれていく。
気がつけば、足元には土の感触があり、空気には焦げた鉄の匂いが満ちていた。
だが、門を潜った先に《神骸》の姿はなかった。
そこに広がっていたのは、ひび割れた大地、焦げついた空、崩れ落ちた玉座。
そして、闇に揺れる一本の剣の影だけだった。
それは《歪刃イーデル》。
虚王の呪いを捻じ曲げ、神骸の意志すらも退けた、咎の象徴にして、意志の証。
彼の背に静かに収まったその刃は、今もなお、世界に問いかけている――「それでも、お前は進むのか」と。
リヴァは剣を見つめ、静かに息を吐いた。
「……結局 “ 答え ” なんて、どこにもなかったってわけか。」
「それでも……もう、戻る気なんて、ないけどな。」
リヴァはただ立っていた。
王にもならず、器にもならず、誰かに選ばれることも拒み、自らの選択でこの世界の “ あり方 ” そのものに挑んだ者として。
やがて、風が止んだ。
砂塵が落ち着き、世界が音を取り戻す。
リヴァは静かに踵を返し、門の方へと歩き出す。
彼が踏み出すごとに、門の内にあった異界の景色は徐々に消え去っていく。
まるで、それが最初から “ 存在しなかった ” かのように。
そして――彼は外に出た。
焦熱の風が止み、現実の空が広がる。
瓦礫の中に芽吹く一本の草が、風に揺れているのが見えた。
すべては、まだ終わっていない。
だが、もう始まりでもなかった。
これは、選び直された “ 運命の途中 ” ――その確かな続きだった。
やがて、世界もまた静かに応じるように、姿を変えはじめていた。
――王を失った魔界。
そこでは、空位となった王座を巡り、四つの軍閥《魔界四傑》が果てなき争いを繰り広げていた。
《反旗のカーヴァ》――流浪の民を率い、自由を叫ぶ、風の英雄。
《灰燼のヴォルグ》――滅びの炎を操る、旧王派最後の猛将。
《骸禍のネイラ》――水底より死者を喚び出す、静謐なる巫女王。
《深淵のジュダス》――神骸の残滓が眠る土を聖地と称える、異端の導師。
誰もが “ 次なる王 ” を自称し、誰もが己の正義を掲げては、互いを否定していた。
争いは止まることなく、憎しみは連鎖し、魔界をさらに深い混沌へと引きずり込んでいく。
――だが、その只中に、ただひとり。
どの軍にも属さず、どの旗にも与さず、争いそのものを “ 終わらせる ” ために歩む影があった。
リヴァだった。
「誰が正しいかなんて、どうでもいい。」
彼は《歪刃イーデル》を背に、ただ静かに、それでも確かに歩き出す。
「止める。ただそれだけだ。誰かがやらなきゃならないなら――俺がやる。」
それは正義ではない。
信仰でも、理想でもない。
焼け落ちた塔の底で見出した、誰にも侵されることのない、自分自身の “ 意志 ” だった。
王なき魔界。
覇を競う四つの軍勢。
赤く焼けた空の下、リヴァの歩みが、やがて世界を変える新たな物語の幕を静かに開けていく。
