かつて、魔界には “ 秩序 ” があった。
それは希望でも慈悲でもない。
――恐怖と暴力が築いた、氷のように冷たい均衡。
ただその冷たさだけが、この世界を形づくっていた。
声なき者は地を這い、命乞いの声すら許されなかった。
力ある者は喉笛を裂き、骨で城を築き、血で玉座を飾った。
そしてその頂に立ったのが――“ 虚王エレディア ”。
神々さえ震えた、絶対の覇王。
だがその瞳の奥には、誰より深い孤独があった。
ある夜、エレディアは自らの心臓を喰らい、王座を紅く染めた。
理由は誰も知らない。
ただ、王が消えた瞬間、魔界そのものが悲鳴を上げた。
空は裂け、星は砕け、灰が世界を覆う。
そして、大地の裂け目―― “ 地獄の断層 ” が生まれた。
そこでは、死者さえも眠ることを許されない。
王を失った民は散り、やがて混沌から四つの軍閥が立ち上がる。
“ 魔界四傑 ”――新たな支配を血で描く者たち。
だが、誰も知らなかった。
その戦乱の陰で、ひとつの“ 異物 ”が生まれていたことを。
その子には、魔族の証 “ 紋章(シジル) ” がなかった。
それは魔界で“ ムート“ と呼ばれ、忌むべき存在であった。
魔の血にも選ばれず、この世界にとってそれは異端であり、排除されるべき存在。
だが、誰も知らない。
その赤子の額の奥底に、決して顕れてはならぬ “ 王位継承印 ” が、静かに脈打っていることを。
それは魔界の “ 紋章 ” とは異なる、王統にのみ受け継がれる秘印。
時代を超えて密かに継承されてきた、最も古き “ 王の血の証 ” 。
それを宿す者が、なぜムートとして生まれ落ちたのか――
その理由を知る者は、いまだ誰もいない。
それは滅びかけた世界に投じられた禁忌の火種。
希望なのか災厄なのか。
まだ誰も答えを知らない。
ただひとつ確かなことがある。
――王なき世界に、いま再び “ 王 ” が生まれようとしている。
